2006年06月10日

意識の低さに目が眩む:2

見ていると思っているモノは画像処理済
どうしてこれがわからないのか。
存在そのものを切り取って見せる場合と存在のあり方を含めた空間とでは表現の仕方が違う
どうしてこれがわからないのか。

相手は、デザインセンスは全く素人なクライアントとグラフィック表現を生業にしているデザイナー
ブツは○○。目に見えるように写真にして欲しい。家電のデザイナーに高く評価されたい。

頭の中に浮かんでいる「実在するブツ」を曖昧な言語で言葉少なに口にするクライアント
読み取り聞き取ったコトを時間制限精一杯でモニターで見せるグラフィックデザイナー

プロへの期待と届かないコトバ。
一言一言は明解だったんです。でも、出てきた画像への反応として語りだした内容から反芻すると、伝える為の言葉を選んで言っていたわけじゃなかった事がわかりました。

俺も「ナニが言いたくて」「それが伝わっているのか」充分に確認しませんでした。

こちらの言い分とそちらの言い分。両方間違っているわけじゃあない。
ただ、正しくないですよね。どうなる事を期待しているのか期待されているのかを互いに伝えられなかったんだもの。

結局、商品の特長と表現したい事項をまとめてグラフィックデザイナーに渡していたクライアントが優位に立ったんだけれども、撮影時のスタジオでは、(今考えると)それら要求事項とは異なる内容で撮影を指示していました。

確かに私たちはクライアント側です。
ですが、表現物については、クライアントが想定するユーザーの立場に立って話そうとしないといけないんじゃないでしょうか?

全然違う、門外漢の立場で、「ダサダサなイメージでもリアリティーが出ればいい」みたいな発言は、表現物作成の目的から既に外れているのに気づきませんか?

旧デザイナーとしてクライアント側にいる私が話す言葉が、グラフィックデザイナー達には伝わっても自分達にはわからなかった事を、「わけわからない」「できないって言うのは否定的」って、それでダサダサな表現を強要しても、否定以上に非建設的だと、無理して作ってもらったダサダサイメージ画像を見てもまだわからないのはどういうわけなのでしょうか。

それがわからないのは俺の不徳の致すところです。

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posted by takesi at 02:10| Comment(2) | TrackBack(0) | LifeStyle | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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